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札幌高等裁判所 昭和54年(ネ)156号 判決

控訴人・附帯被控訴人

(以下、控訴人という。)

株式会社日栄

右代表者

松田一男

右訴訟代理人

岩城弘侑

被控訴人・附帯控訴人

(以下、被控訴人という。)

株式会社新日本緑産

右代表者

小口石太郎

右訴訟代理人

入江五郎

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金四〇万円及びこれに対する昭和五〇年五月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人、その余を控訴人の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は被控訴人の負担とする。

四  この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び附帯控訴につき「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴人代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決及び附帯控訴(請求拡張)により、「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し、一一四万一、七八四円及びこれに対する昭和五〇年五月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、控訴人から別表(一)記載のとおり昭和四九年六月二五日から同年一二月七日までの間一七回に亘つて金員を借受けた(以下、本件各消費貸借契約という。)。すなわち、同表(一)の各「借入年月日」欄記載の日に各「借入金額」欄記載の金額につき各「弁済期」欄記載の弁済期の約定の下に、各「天引利息」欄記載の利息を天引したうえ、各「受取金額」欄記載の金員をそれぞれ受領した。しかして、被控訴人は、控訴人に対し、右借受金につき別表(二)の各「返済年月日」欄記載の日に各「返済金額」欄記載の金員をそれぞれ弁済した、

2  ところで、本件各消費貸借契約の天引利息は、利息制限法に違反するところ、これを同法所定の制限内で計算すると、各受取金額に対する弁済期までの法定利息及び各受取金額と右法定利息の合計額は、別表(一)の各「受取金額に対する弁済期までの法定利息」欄及び各「残元本」欄記載のとおりとなる。そこで、被控訴人の前記弁済金を右残元本に順次充当すると、別表(二)の各「各債権残元本に対する弁済充当内訳」欄記載のとおり、昭和四九年一二月二〇日の三八万二、一五〇円の弁済によつて計算上残元本は完済となることが明らかである。従つて、同日の弁済金中爾余の七四万一、七八四円及び昭和五〇年五月一五日の弁済金四〇万円の合計一一四万一、七八四円(以下、本件過払金という。)は、被控訴人が控訴人に対して債務が存在しないのに支払つたことになる。

3  よつて、被控訴人は控訴人に対し、不当利得による本件過払金の返還請求として、一一四万一、七八四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五〇年五月二七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第一、第二項の事実はすべて認める。

2  同第三項は争う。

三  抗弁

被控訴人は、昭和四九年六月一〇日株式会社功証として設立され、昭和五〇年一月二〇日現商号に変更されたものであるが、設立当初から昭和五〇年一月二〇日の退任(退任登記同年二月六日)までの間代表取締役であつた訴外日沼功は、従前から金融業に携つていたもので、本件各消費貸借契約における天引利息が利息制限法所定の制限を超えていること、及び任意に支払つた制限超過分を元本に充当すると計算上元本が完済となつているときは、その超過分を不当利得として返還請求できることを知悉していた。しかるに、被控訴人は、後日過払金返還請求訴訟を提起する意図を有しながら、控訴人に対してはこれを秘して本件各消費貸借契約を締結する一方、右借受金をさらに高利で他に貸付けて利益を図つたものである。従つて、被控訴人は、日沼功が被控訴人の代表取締役に就任していた当時における弁済によつて生じた過払金については、民法七〇五条によりその返還を請求することはできない。

四  抗弁事実に対する認否

抗弁事実のうち、被控訴人が株式会社功証として設立され、設立当初から代表取締役であつた日沼功がその後退任したことは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因第一、第二項の事実は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実によると、本件各消費貸借契約に基づく借受金の中には、被控訴人による弁済の充当によつて約定の弁済期到来前に弁済されているものの存在することが明らかであるが、弁論の全趣旨によれば、右弁済期は当事者双方の利益のために定められたものと認められるところ、右弁済期到来前の弁済は、民法一三六条二項の趣旨に従い被控訴人において期限の利益を放棄し、同時に弁済期未到来により控訴人の受けるべき利益の喪失を填補するため、弁済期までの約定利息を附加して弁済したものと解されるから、別表(一)(二)記載の計算方法及び数額は正当というべきである。

二そこで、抗弁について判断するに、抗弁事実のうち、被控訴人が株式会社功証として設立され、設立当初から代表取締役であつた訴外日沼功がその後退任したことは、当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉によると次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  訴外株式会社第一日土住宅(以下、第一日土住宅という。)は、昭和三八年四月一五日の設立以来(旧商号株式会社日沼商会)主に会社員、商店経営者等を顧客として手形割引、手形貸付等を行なう金融取引業を営む傍ら、不動産の売買、斡旋等の不動産取引業も営んでいたが、昭和四九年六月一〇日不動産部門を分離独立させるため被控訴人(旧商号株式会社功証、現商号への変更登記昭和五〇年二月六日)を設立したが、その代表取締役には当時第一日土住宅の代表取締役であつた日沼功自らが就任し、営業全般を掌理していた(なお、同人は昭和五〇年一月二〇日退任した。退任登記同年二月六日)。

2  被控訴人は、事業開始にあたり必要な営業資金の融資を控訴人から受けるため、被控訴人札幌支店(支店長 西田稔)との間において、昭和四九年六月二五日貸出限度額一、〇〇〇万円、契約期間同日以降昭和五〇年六月二五日までの一ケ年間、約定利率原則として日歩一〇銭(金融情勢により上下各三銭程度の変更あり)等の約定よりなる金銭消費貸借の基本契約(以下、本件基本契約という。)を締結した。その際、第一日土住宅は、右基本契約に基づく債務を担保するため、自己振出にかかる約束手形数通(額面合計一、〇〇〇万円)を控訴人に差入れた。

3 ところで、被控訴人の代表取締役に就任した日沼功は、昭和四五年以来一貫して金融業務に携わり、貸金債権回収のため訴訟事件や強制執行等に関与し、債務者からしばしば利息制限法違反の違法を主張され、その都度これらに対応して来た経歴を有する者で、金融法規にも相当精通しており、利息制限法違反の約定に基づいて元利金の弁済を受けた場合、制限超過分は当然元本に充当され、計算上過払があれば本来債務者に返還しなければならないことは充分承知していた。しかし、日沼功は、控訴人との前記取引に際しては、本件基本契約の約定利率は勿論利息制限法所定の制限に違反するものではあるが、右利率は金融業者間の常識であり、過払金の返還を請求することは、業者間取引の常道にも反するとして、将来控訴人に対してその返還を請求する意思は毛頭なかつた。

4  被控訴人は、本件基本契約に基づき、控訴人から別表(一)記載のとおり昭和四九年六月二五日から同年一二月七日までの間合計一七回に亘つて金員を借受けたが、現実に受領した金員は利息制限法の制限を超過する約定利息(調査料等の手数料を含む同表記載の天引利息欄の金額。)を天引した残額であつた。被控訴人は、控訴人に対し、別表(二)記載のとおり同年六月二六日から昭和五〇年五月一五日までの間に右借受金を弁済したが、右のうち日沼功が代表取締役に就任していた当時の弁済に関しては、本件各消費貸借契約に基づく天引利息は利息制限法に違反するもので制限超過分の支払義務はなく、法律上過払金の返還請求が可能であることを知悉していたにもかかわらず、前記説示の理由から任意に弁済したものである。

5  被控訴人が本件訴訟を提起、追行するようになつたのは、控訴人が昭和四九年八月頃被控訴人に対し、突如として本件基本契約の貸出限度額を一、〇〇〇万円から五〇〇万円に減額する旨一方的に通告して強硬に被控訴人を承服させ、更に第一日土住宅から本件基本契約に基づく債務の担保として差入れを受けていた前記約束手形のうち右減額後所持していた額面合計五〇〇万円の約束手形を、同年一二月頃被控訴人及び第一日土住宅に事前の連絡なく、適法に支払期日を補充して他に裏書譲渡したため、第一日土住宅が急遽その支払を余儀なくされたこと等によつて被控訴人及び第一日土住宅は、当初の資金計画に著しい支障を受けため、右一連の控訴人の措置を憤慨した日沼功がいわばその対抗手段として本訴を提起することを被控訴人に勧め、被控訴人が右の勧めに応じて本訴提起に至つたものである。

右認定事実によると、被控訴人は、日沼功の代表取締役在任中は、本件各消費貸借契約に基づく天引利息及び利息が利息制限法所定の制限を超えていること、右約定に基づいてその支払いをした場合、同法所定の制限を超過した部分は当然元本に充当され、計算上過払が生ずると、その返還請求ができることを知悉しながら、右過払金の返還を請求する意思なく引続いて約定に基づく借受金元利金を弁済したものであるから、本件過払金のうち昭和四九年一二月二〇日の七四万一、七八四円については、被控訴人が債務の存在しないことを知つて支払つたものと認めるのが相当である。従つて、控訴人の抗弁は理由がある。

三ところで民法七〇五条に定める非債弁済の立法趣旨は、債務の存在しないことを知りながら債務の弁済として給付することを不合理、無意味な行為であるから、かかる行為者は法律上保護するに値しないものとするところにあると解される。従つて、債務の存在しないことを知つてなされた弁済については、その返還請求権を行使する者において、当該弁済が訴追や強制執行のおそれを回避し、あるいは将来の訴訟に備えてその防禦手段とする目的の下になされた等弁済に何らかの合理的理由が存在したことを再抗弁事実として主張立証しない限り、不当利得による返還請求は許されないものと解すべきである。しかるに、被控訴人は、本訴において右合理的理由の存在したことを何ら主張立証しない。

四結び

以上によると、被控訴人の本訴詰求は本件過払金のうち四〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年五月二七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきところ、これとその趣旨を異にする原判決は一部不当であるから、これを主文のとおり変更し、本件附帯控訴は失当としてこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、三八六条、九六条、九五条、九二条、八九条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(安達昌彦 渋川満 大藤敏)

別表(一)、(二)〈省略〉

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